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ウィーンからブタペストへ

ウィーン国際空港到着は午後4時過ぎ頃だったでしょうか。入国審査はコペンハーゲン同様超簡単、何も聞かれることなく、ポンとスタンプを押してくれました。ただスーツケースを壊されていた方がいらしたので(話には聞くのですが、私はまだ経験がありません)、空港で少々時間を取りました。

まあ、確かに空港のラウンジで荷物の積み込み作業を見ていますと、それこそポンポン投げていますから(笑) 壊れても不思議ではないのかもしれません。今のところ私の RIMOWA は無事ですけど、そのうちベコベコになっちゃうのかな(年季の入ったスーツケースも素敵ですけどね) 

さて、空港からハンガリー人の運転手さん(この旅の間中ずっとお世話になりました) が運転するバスに乗り、オーストリアの国境を越えて(約240㎞の距離) ハンガリーの首都ブタペストを目指します。

今回のツアー参加者は14名でしたから、バスはゆったりひとりで座れます。添乗員さんから 「ひとり掛けが充分出来ますから、一番前の座席は空けて、本日前方に座った方は明日は後方の座席へというように適宜お願いしますね」 と言われ、真面目な参加者の皆さんは整然とそのとおりにしていらっしゃいました。

因みに今回のメンバーはご夫婦一組、お母さんとお嬢さんの親子さん一組、女子大生のお友達同士一組、卒業旅行のカップル一組、お母さんとお嬢さん二人、それからお嫁さんという四人組、男性がひとりと私、そして添乗員さんです。

皆さん本当に良い方たちでして、ツアーにひとり参加していますと当然、昼や夜の食事はどなたかのテーブルにお邪魔することになるのですが、楽しい時間を過ごさせていただきました。朝食は毎回レストランへ一番乗り~でしたので、添乗員さんと同じテーブルになったり、ひとりの時間を楽しんだりしていました(笑)

さて、「オーストリアからハンガリーの国境をバスで越える」 今では国境付近に当時の名残の検問所跡があるくらいで、すっと何の問題もなく通過出来ますが、以前は大変だったそうです。ベルリンの壁崩壊後、多分ハンガリーがシェンゲン条約加盟国になる前のことではないかと思います。

国境を越えるバスが延々と連なり、特に中国人観光客のバスの後になると最悪と言うか、もう国境を越えが何時間かかるかわからない、諦めるしかなかったとか・・・バスから降り、周囲の芝生に座って時間を潰したこともあったそうです。

それよりも、私はハンガリーが鉄のカーテンの向こう側、つまり旧東欧圏時代の国境越えについてとても興味があったのですが、さすがに添乗員さんもその頃のことは知らないと言っていました。あの時代の旧東欧の国々については情報が少なく、謎のヴェールに包まれていましたよね。

因みに以前ちょっと知り合ったやはり旧東欧圏出身の方から聞いたことがありますが、ベルリンの壁崩壊の随分前から、あらゆる電波が東側の国々にも入り込んでいたそうです。テレビからはいろいろな国の言語が流れ、それでその方も数か国語を話せるようになったと言っていました。

そうそう、この国境付近は写真撮影禁止とのことでしたので、バスの中から撮影することはありませんでした。尤ももう暗くなってきていましたし、街灯もほとんどない田園地帯ですので、撮影は無理だったと思います。

それからバスがオーストリアを走っていた時だと思いますが、やたらと風力発電用の風車が廻っていました。周囲に何もない田園地帯?ですので風が強いのでしょうか。またドイツ語圏らしい「エコなのかな?」とも思いました。

20110602t-1.jpg
走っているバスの車窓より撮影していますのでボケておりますが・・・こんな風景が暫く続きました


ハンガリーに入った途端、道路がガタガタになったような・・・舗装状態があまり良くないのでしょうか?そんなことも印象に残っています。東西の格差というのはこんなところにも残っているのかもしれません。

しかしブタペストの市内に入り、暫くするとそんなことは忘れてしまうほどの美しい街並が目に飛び込んできました。ドナウの真珠 まさにその言葉どおり、まるでおとぎの国に迷い込んでしまったかのような素晴らしい夜景でした。

ブタペスト観光の目玉、この美しい夜景につきましては翌日のドナウ川ナイトクルーズで、そぼ降る雨の中、寒さに震えながら船の二階席より何枚か撮影してきましたので、乞うご期待(笑)

さてこの日は機内で食べた軽食が夕飯代わり?でしたので、食料は独自調達ということでした。私は到着した興奮やらでそれほど空腹を感じませんでしたので、日本から持っていったチョコレートと品川巻き(煎餅ね 笑) をちょこっと食べて済ませました。

他の方たちがどうしたのかはわかりませんが、皆さん、機内ではブロイラー状態でしたのであまりお腹が空いていなかったのではないかと思います。途中トイレ休憩に立ち寄ったドライブインで買い物をしている方もいらっしゃらなかったようですし。

20110602t-2.jpg
国境近く (ハンガリー) のドライブインの有料トイレ入り口です 地下でした
100フォリント(約50円) だったかな?を入れるとバーが動き 中に入れます
100フォリントの金券が出てきて ドライブインでお買い物をすることができます
有料とはいえ 「ここで買い物してね そうすれば無料です」 ということでしょうか
私は使用しなかったのですが 中は掃除が行き届いていて綺麗だったそうです


ホテルは中心街から少し外れたところに建つ、イビスブタペストバーツィウートです。それほど大きくないホテルでして、部屋も割合狭かったかでしょうか。でも当然ツインルームをひとり独占状態ですから(笑)、使わないベッドにど~んとスーツケースを広げ、それなりに快適でした。

20110602t-3.jpg
こぢんまりしたホテルの部屋 ひとりだとこのくらいが丁度良いかも(笑)

20110602t-4.jpg
早速ベランダに出てばちばちと・・・ 部屋が暖かいので冷たい夜気が気持い~い


こちらでは「お湯の出が悪いのは当たり前、特に日本人観光客が一斉にどどっと浴槽にお湯を張り始めると、急騰タンクのお湯がなくなってしまうので注意して下さいね」 と添乗員さんから言われていましたので、さっとシャワーだけで済ませました。

どうせ私、朝シャンするんだし (夜お湯の出が悪いのなら朝にしようということでして・・・それに毎シャンは習慣になっているので、コレしないと目が覚めないのですよね 汗) ちょこっとホテルのロビーにあった売店も覗きたい(結局売店は閉まっていましたが 笑) とまたうろうろ癖が・・・

実はホテル周辺もうろついてみたかったのですが、「治安は悪くはありませんが、夜や朝でもまだ暗いうちにひとりで街をうろつくのは危険ですよ」 と添乗員さんから釘を刺されていたので、やめました。初日からトラブルに巻き込まれたら皆さんに迷惑をかけてしまいますしね(汗)

そうそう、今回は旅の間緊張感は全くなかったのですが、集合時間とかやはり団体行動をするという拘束感のようなちょっとしたストレスを感じていたように思います。「ここ、もう少しゆっくり見たいなあ」 というところも結構ありましたし。


ということで第一目のブタペストの夜は静かに更けてゆきました・・・

20110602t-5.jpg
道路の横に地下鉄の入り口が見えます こちらの地下鉄はとても浅いところにあり吃驚

20110602t-6.jpg
トラム(路面電車)も来ました 乗りたかったなあ まあ次回のお楽しみということで(笑)

テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

コメント

No title

落ち着いた雰囲気の町ですね〜。
ハンガリーとオーストリアの国境と言うと、ベルリンの壁崩壊のきっかけの一つだった「ピクニック」という事件がありましたね。自由を求めてどれだけ多くの人が通ったのでしょうか。

私は行ったことがありませんが(ビザは取っていましたが)知人夫妻がいます。奥さんとは主人がドイツ留学中の知り合いで考古学の学者さん。ご主人は実業家で一度我が家にも来た事がありますが、海外に出るにはその都度許可が必要だったようです。興味深かったのは、私達から見て不自由と思う事でも、当時、彼等はそれほど不自由とは感じてないと話していらした事です。恵まれた環境の方達なのかもしれません。
息子さんは数学の英才教育を受けていましたから、今頃高名な数学者になっているのかも(笑)

No title

↑補足です(^^;)
ピクニック計画とは、ベルリンの壁崩壊の前に、東ドイツからの人達を西側に脱出させるためにハンガリー国家が黙認した国境越えの計画の事です。ショプロンの鉄条網を取り払うという決断をしたハンガリー政府の決断には、ゴルバチョフやハプスブルグ家のオットーさんの協力が不可欠だった・・・だそうです。
はは、これ主人の説明の受け売りです(^^;)
歴史はいつもドラマティック!

Mutsuho さん

こんばんは

ハンガリーはハプスブルグ家の支配から独立し、数奇な運命を辿った国ですね。

旧東欧時代の「ハンガリー動乱」も有名ですが、独自の経済改革を進めたり、旧東欧圏の国の中では民主主義運動が高まった開けた国というイメージがあります。

英雄広場などを見て思ったのですが、ハンガリの人々は元々、独立精神の高い人たちではなかっただろうかと。

国境の旧検問所をバスですっと通り抜けた時はちょっと感動的というか、感慨深いものがありました。国境越えの悲惨な話は映画になったりもしていますが、段々忘れられてゆくのでしょうか。

壁崩壊後の民族闘争の悲惨な歴史をみていると、鉄のカーテンは単なる負の遺産だけともいいきれないのではないかと思うことがあります。

No title

さすがルシアンさん!国境を超えるとき感動を覚えるなんて、普通の旅行者ではできません。その国の歴史を知って旅をするのとそうでないのでは深みが違いますね。

主人はドイツに限らず西洋史全般に関わっていますから、人生の締めくくりには、それらの国に行きたいようですが・・・なかなか思うように行きませんね、人生は!(笑)

Mutsuho さん

おはようございます。

いえいえ、多分歴史に興味があるかどうか、また何処に関心があるかということで、視点が異なるのだと思いますよ~。

私は歴史全般はとても好きですし、旅行は完全にミーハ-的というか(笑) 歴史の舞台を歩いてみたいという欲求からですから・・・

以前も別ブログに書いたと思いますが、特に壁の向こうの世界に興味を持ったのは、まだ鉄のカーテンが存在していた頃、世界が単純に西と東の陣営に分けられていた頃に旧東ドイツ、ベルリンに留学していた方の本を読んでからです。

たまたま図書館で手にした本が、私にとって今迄全く暗闇に閉ざされていた世界に光を射してくれました (ちょっと大袈裟かな 笑) それからいつの日か旧東欧圏の国々を歩いてみたいと思ったのでした。

Mutsuhoさんのご主人様、人生を楽しまれていますね♪ 好きなことを研究されて、大学で教鞭をとられる、更に研究の集大成としての執筆活動、私の頭脳がずっとずっと明晰でかつ努力家でしたら・・・(はは、絶対無理ですが) 理想的な人生だなと思います。

羨ましいような・・・そして憧れてしまいますよ~(笑)
Secre

プロフィール

lucienn

Author:lucienn


2011年2月18日より25日まで 勤続〇〇年の休暇及び旅行券を使って中欧4カ国巡りツアーに参加しました

気紛れかつ気儘 そして超我儘・・・ 兎に角団体行動が苦手なのでどうなることやらと心配しましたが メンバーの皆様のおかげで楽しい旅を続けることができました

随分日数が経ってしまいまして 記憶もあやふやになりつつありますが 画像を中心に更新してゆきたいと思っております

毎度の如くのんびり更新です そしてまた途中でぱたっと止まってしまうかもしれませんが(あせっ) よろしく~ (2011.5.18)

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